身寄りが無い患者さんが増えている
最近、身寄りのない患者さんの最期に立ち会う機会が、少しずつ増えているように思います。
”身寄りがない” というのは何かあった時の連絡先がない、何かあった時やお亡くなりになられても、お見送りに来る人もいない、そういう状況です。
兄弟、こどもはいるが、関係が希薄・疎遠で、亡くなった時に連絡をするのみ、という方も多いなあと思っていたのですが、それ以上に全く身寄りが無いという方に出会う事が以前よりも増えていると、肌感覚ではありますが、感じます。
先日も、わたしと同じ50代の、身寄りがない方の最期に立ち会い、わたし自身の人生に思いを馳せるまで、考えさせられる機会となりました。
今日はその話を、うまくまとまらないままですが、書いてみます。

自分と年齢が近い患者さんの話
お亡くなりになったのは、私と同じ50代の患者さんでした。
50代は、生活習慣病などの病気を抱えだす年代ではありますが、まだまだ働き盛り。人生これからの年代です。
そんな年代の方が病気で亡くなられたという事は、人の死に関わる仕事に就いている者であっても、かなり複雑な思いになりました。それに加えて、最期に立ち会ってくれる身寄りがいない、という状況。二重に衝撃を受けました。
人生は人の数ほどある。私の価値観でははかれない人生を送っておられる方は、たくさんいると思います。
それでも、「この若さで、既に親兄弟も無く、誰に見送られる事も無く、亡くなっていく。一体どういう事なんだろう。この方の人生とは。。」——色々な思いが自分をおそいました。
他人事だと思えない部分も
ここからは、わたしの個人的な話です。
その患者さんを前にして、わたしの中には様々な思いがわいてきたのですが、その思いの中に「将来のわたし大丈夫か?」というものもありました。
わたしは独身です。
このまま年を重ねて、病気になったら。そしてそのまま亡くなったら。自分の最期を見届けてくれて対応してくれる人はいるのだろうか…。
ただ、わたしには、遠方ではありますが兄弟がいます。すぐに駆けつけるのは無理でも、いざというとき動いてくれることはお願い出来るかもしれません。
また、介護保険を受ける年代ならば、ケアマネが臨機応変に対応してくれてもらっている患者さんもいる。私もそうなるのだろうか?
ケアマネ経験者としては、現場のケアマネさんは極力そういう頼り方はされたく無いだろうけども…。
日本は、これからどうなるのだろう
価値観の多様性により、結婚しない人、ひとりで生きていく人は、更に増えていくと思います。生き方は人それぞれ。それ自体は、悪いことでも何でもないです。
ただ、「何かあったら家族に連絡」「最期は家族が看取る」——社会は、まだまだそういう前提で動いている所が多く、できあがっている制度や手続きも多いです。
でも現場は、その前提から外れる人が確実に増えている。
わたしは社会保障の専門家ではないので、立派な提言はできませんが、現場でたくさんの方の最期を見てきた者として、
血のつながりや家族の有無に関係なく、死ぬまで、だれかと支え合える仕組みが、もっと必要になってくる、と思っています。
いわゆる終活として、取り組まれている方が増えてきているニュースも見ることもあります。
制度活用の一つとして『成年後見制度』で身元引受人を検討する場合もあります。ただ、成年後見制度は、金銭的な負担など使いづらい面など指摘されており、今ちょうど、国で大きな見直しが進んでいるところではあります。
これ以外の行政のサービスかもしれないし、地域のつながりかもしれないですし。もっと別の形かもしれない、最良な答えはまだわからないのですが。

答えは出ていないけれど
最良な答えは出ていないのですが、現時点で確実なこととして、身寄りがない最期は、「特別な人の話」ではなくなってきているということです。
いつかの自分の話かもしれないし、いま読んでくれているあなたの話かもしれない。
だからこそ、自分に迫ってきている問題として、こわがらず「自分はどうしたいか」「だれと、どんなふうに最期を迎えたいか」を、元気なうちに、情報収集し考えておく事が必要なのだと思います。
あなたは、人生の終わりに向けて考えたことがありますか。
よかったら、コメントやメッセージで、あなたの思っていることも聞かせてください。



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