前回、私が看護師を目指すきっかけとなった、母のひとことと、一冊の漫画について、書きました。
今回は、私が看護師をする中で常に支えとなっている言葉について、書いてみようと思います。
私を支えてくれる言葉
「憧れ」で飛び込んだ看護師の世界。看護学校時代も大変でしたが、看護師として働きだしてからも、想像以上に、厳しいものでした。
今日は、そんな厳しさを乗り越える時にいつも私の支えとなっている、ある入院患者のおじいさんが掛けてくれた言葉について書かせてください。

看護師を続けていいんかなと悩んだ、新人時代
新人の頃の私は、一生懸命やるのだけど、技術も知識も不足していて、患者さんや医師から怒られる事もあり、本当に未熟で要領の悪い看護師でした。
患者さんの元を訪室するたびに忘れ物をする、詰所に再三取りに帰ることを患者さん怒られたり。当直の時は、やっと眠れた不眠の患者さんを、物音で起こしてしまったり…。
本当にどんくさい、要領の悪い、失敗エピソードは盛りだくさんです。
ヘマをした日は落ち込み、田舎の母に電話で聞いてもらい励ましてもらう…、という日々でした。
また別の日には、勝手な判断をし、患者さんの状態に影響を及ぼしてしまったこともありました。
そんな時は、人の生命に影響を及ぼしてしまう仕事の重みを改めて実感し、「私、看護師をこのまま続けてていいんかな」と悩み、落ち込みました。
おじいさんがくれた、贈る言葉
そんな私も、3年目を迎えるころには、環境にも慣れ、そつなく仕事がすすめられる看護師となっていました。御礼奉公も終わると共に、更なる看護師としてのステップアップを望んで、別の病院で働く事としました。
自分で転職を決めたものの、一から新しい職場で頑張る気持ちではあるけど、こんな自分でやっていけるのかという、不安も大きくもっていた事を覚えています。
そんな中、入院中のおじいさんに退職の挨拶をしました。
日頃より、よく声を掛けて下さっていたおじいさんだったこともあり、私の退職をとても残念がってくださいました。そして最後に、「あんたなら、どこでもやっていける。」と、言葉を贈ってくれました。この言葉は、私に力強く響き、心に自信の灯を灯してくれました。そして、次の職場に向かう力となったのでした。
おじいさんの名前やふとした姿は、あれから20年以上たちましたが、今でも明確に思いだせます。
贈ってくれた言葉はその後も何かの折に思い出し、今も私を勇気づけてくれています。
だからこそ、おじいさんの姿も、一緒に記憶に強く残っているのかもしれません。
きっと、おじいさんからしたら何気ない一言だったと思います。
でもこの言葉は、自分の仕事ぶりを認めてもらえたようにも思え、このままの私で大丈夫だと言ってもらえてるようにも思えました。
何かに挑戦する時は、頭に浮かんで私の背中を押してくれる大切な言葉となっています。
言葉の力ってすごい。

看護師を続けて四半世紀。
スタッフとの関わりに悩んだり、答えの出ないことに立ち止まったり、日々あります。
そんな思い悩む苦しい場面のときも、そのおじいさんの言葉はふとした時によみがえり、私に力をくれます。言葉って本当にすごいと思います。長い期間人を支え、成長をもさせてくれます。
そして、今私は師長として後輩を育てる側となっています。
私の伝える言葉が、後輩を元気づけ、勇気づけるものになってくれたら良いのにと思います。
あなたも、しんどい時に思い出す「誰かの言葉」はありますか。
その言葉は、これからもずっとあなたを支えてくれる、大切なお守りとなってくれる事でしょう(^^)。
※ 前編「看護師になった理由は、母のひとこと、そして一冊の漫画でした」もよかったら読んでくださいね。



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