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元気な高齢者を見て、自立支援の本質について考えた。

介護 ケアマネジャー

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高齢者の自立とは

民謡・民舞の発表会

昨日、知人に誘われて、地域の民謡・民舞の発表会を観てきました。

舞台に立つのは、民謡と民舞を日頃より頑張る方々。やはり若手は少なく70代、80代とおぼしき方々が主です。


そんなご高齢の方たちが、ハツラツと踊りを舞い、大勢の前で歌う。その姿、正直とても素敵でした。

民舞とは、日本舞踊を大衆化した物で、民謡や演歌に合わせて踊りを舞うものです。
ゆったりした曲に合わせての踊りですが、最初から最後まで振り付けがずっと変わり続けるんです。
これは、繰り返し練習して全部覚えたんだなあ、頭の体操にもなる、素晴らしい…、
うっすら感動です。
民謡は舞台の上で三味線などに合わせて一人で歌われます。
見た目は、力ない感じで舞台中央に立つ、80代ぐらいのおじいさん。しかし、歌いだせば腹から出る
大きな声。そして独特なこぶし回し。これ、心肺機能に絶対いいよね!
職業柄、そんなことも考えてしまいました(笑)。

好きなことを続けている人って、こんなにも生き生き、ハツラツとされてるんだなあと、しみじみ実感
しました。高齢者が元気にその人らしく自立する事の大切さを改めて感じ、その際、昔ケアマネ時代に担当していた利用者さんのことも、記憶によみがえりました。


ケアマネ時代を振り返る。

かつて担当していた利用者さんのこと。

その利用者さんは、70代の女性でした。
難病の影響で脊椎に病変が生じ、その治療の副作用も重なり、脊椎の圧迫骨折を繰り返していた方
でした。
難病を発症する前は、ジーンズが似合うおしゃれな方で、颯爽と暮らしていたそうです
それ故に現状が受け入れられない、という様子がありました。

いつも背中の痛みで、ベッドに横たわっておられました。
私が伺うと、若い頃のこと、ご家族のこと、いろんなエピソードを話してくれるのですが、
話の結末はいつも同じ。
涙を浮かべながら「でも今は痛い」「動けない」「悲しい」という言葉が続きます。

関わり始めた当初は、まず寄り添うことが大事だと思っていました。
辛い気持ちをひたすら受け止めることが、自分の役割だと考え、訪問すれば毎回、1時間程度、
ただ聞いていました。
でも訪問を重ねて、環境調整のためのサービスが整えられても、本人の悲しい状況は変わらない。
本人の口から出てくる言葉は、いつまでも辛い言葉ばかりでした。
その方はそのうち入院され、私は担当から外れる事となったのですが。

今となって思う事

当時、「何が辛いですか」は聞けていた。
「何だったら楽しめそうですか」と、本人の出来る力に注目した事は、ほとんど聞けていなかった。
出来ない事は多かったけど、まだまだ出来る事もあったはず。
私はずっと、「できないこと」「辛いこと」にばかり、本人に目を向かせてしまってたんじゃ
ないか。
行動に制限があったとしても、その人が「自分らしい」と感じられる何かを、前を向く事を促しながら一緒に探す。それも、ケアマネの仕事だったはずです。

「何が好きですか」「何が楽しいですか。」
そんな会話から、本人の自立に向かう一歩を引き出す糸口を作れていたら、もっと違う問いが出来ていたらと、今でも思います。
傾聴は大事。
でもそこで止まっていては、いけなかった。

自立支援。
一人で歩けるようにするとか、一人でトイレに行けるようにするとか、身体機能の話だけではなく、
もっと広い概念で、その人らしい生活が出来るように自立させていくことだと当時も理解していたはずなのに。


可能性を狭めない支援を。

好きなこと、やりたいことがある人は強い。
支える側は、その可能性を狭めてはいけなかった。
発表会で元気に自分たちの演技を発表される高齢の方々を見ながら、かつて担当した方と、その方への自分の関わり方について思い出し、ケアマネ時代を振り返った一日となりました。

皆さんは利用者さんに、どのようにアプローチし、自立支援をしていますか(^^)。


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